東光学園の嚆矢

東光学園の嚆矢

宣教師ジョージ・デンプセイ師

 社会福祉法人東光学園は、戦前に英国宣教師が公娼制度の犠牲となった婦女子と乳幼児を救済した事業の取り組みから発展。
 現在は児童養護施設『東光学園』と高齢者複合施設『ふれ愛の家』の2つの福祉事業を担っています。
 法人は、創設の精神であるキリスト教の”隣人愛”を土台に、その時代のニーズに応え、常に助けを必要とする人々に寄り添った最善の支援に努めています。
 宣教師ジョージ・デンプセイ師は、『ジャパン・レスキュー・ミッション』を設立。1920年から大阪・東京・仙台において次々と婦女子救済の事業に取り組み、仙台では『ベラカ女児園』を設立しました。
 1931年に財団法人の認可を受け、翌年、現在地に『慈愛館』を開設。仙台の事業を併合し本格的に救済事業を展開しました。
 1941年に国際情勢が急変し、デンプセイ師他外国人宣教師は帰国を余儀なくされ、ミッションを東光学園と改称。邦人による運営が行われるようになりました。しかし、軍部の圧力で立ち退きを強いられ、聖公会の姉妹施設に身を寄せることとなりました。
 1946年に現在地に戻り、養護施設として再出発。1952年に社会福祉法人となり、木川田正毅師が初代の理事長に就任。
 戦前・戦後の幾多の苦難を乗り越えて、現在に至る新たな歩みが始まりました。

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